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2007年04月29日

童謡・唱歌:『背くらべ』

 『背くらべ』  海野厚作詞 中山晋平作曲 1919年(大正8)

柱のきずは おととしの
五月五日の 背くらべ
ちまきたべたべ 兄さんが
はかってくれた 背のたけ
きのうくらべりゃ 何のこと
やっと羽織の ひものたけ

柱にもたれりゃ すぐ見える
遠いお山も 背くらべ
雲の上まで 顔だして
てんでに 背伸びしていても
雪の帽子を ぬいでさえ
一はやっぱり 富士の山

 ◇ ◇ ◇

新発田では、端午の節句は月遅れの6月。
田植えが終わって、農家がホッとする時期になっている。
今でも笹だんごや粽(ちまき)を作る家があるのはうれしい。

ちまきは、笹で三角に包んだもち米を蒸かしたもので、きな粉をつけて食べる。
子どもの頃はどうも苦手だった。
笹だんごの方が大好きで、「笹だんご食べ食べ」背を測ったっけ。

『背くらべ』では、富士山が見える静岡あたりの風景を表わしている。
「食べ食べ」のちまきは、どんなちまきだったのかな。
やはり三角に笹で巻いていたのかな。■

2007年04月27日

ぶらぶら長崎:ヘイフリ坂から風頭山へ(下)

3月20日(火)正午頃、ヘイフリ坂から風頭山頂に到着。ポカポカ陽気。
小川ハタ店のすぐ横が、「風頭山公園」の入り口で、階段を上るとハタ揚げ広場。
ここでは、ハタ(凧)揚げの競技会が開かれるそうな。

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ところどころに岩が露出している平坦な広場。ウォーキングしてる人がいる。
まあまあの展望。ベンチで休んで、ペット茶を飲む。うまい。
山の裏側はずーっと住宅街。標高100M以上。

遊歩道をしばらく進むと「上野彦馬」のお墓があった。
我が国の職業写真家の祖、この人の写真館で撮った龍馬の写真が数枚遺されています。
カメラを持つ身でもあるので、墓前に参り合掌、感謝。

龍馬像では『ぶーつ』をはいているのを確認。
展望台からは、女神大橋がよく見える。
ぜひ夜景を撮りたいスポット。

もうすぐ桜の花見で、あちこちで準備が進められている。
横断幕をかけているところを通りかかったら、「お客さんが通るぞ」の声。
『お客さん』と言われるなんてもったいない、と同時に長崎の人の「おもてなしの心」に感銘。

公園を抜けて、龍馬通りの下り口に到着、石段を下りる。
途中で寄った「龍馬のぶーつ像」のところでネコに会ったことは、前に紹介しました。
「亀山社中資料展示場」は、平日のためお休み。あとは一気に寺町通りまで下りた。■

2007年04月25日

ぶらぶら長崎:ヘイフリ坂から風頭山へ(上)

3月20日(火)午前、快晴、ヘイフリ坂入り口。
ここから風頭山(かざがしらやま)頂上まで17分と、崇福寺近くの案内図にあった。
よし、上って龍馬通りを下りてみよう。

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皓台寺と大音寺の塀に挟まれた坂道を上りはじめる。
坂道を上りながら、考えた。
なんで『ヘイフリ坂』っていうんだろう?

(あとでネットで調べた:【ヘイフリ坂の由来】
1637年、諏訪神社の大鳥居を建てるのに、この坂から石材の風頭石を降ろした。
その際、運ぶ人夫を鼓舞するのに御幣を振った。それで『幣振り坂』。カタカナの理由は不明)

「→イネの墓」の表示が気になる。イネとはどんなお方だろう?
やがて石段が始まる。
ここは長崎、もう覚悟はできている。<序の口>

坂は、お墓の参道と上の住人の生活道路を兼ねており、幅が広く石段も整備されている。
そして「↑楠本イネの墓」の表示。<序二段>
しばらく上ると、「↑楠本イネの墓」の表示。<三段目>

ついに「楠本イネの墓」に到達。
「シーボルトゆかりの人々の顕彰碑」があって、三人の名が刻んである。
楠本イネさんは、シーボルトの娘で、日本初の女性産科医であった。

石段をさらに上る。<幕下>
ようやく墓所が終り、住宅街の坂道に出る。展望も開けて、港や街が見渡せる。<十両>
うっかり側溝に足をとられて、よろけてカメラを路面にぶつけた。ヒヤリ。

住宅の間のゆるい坂を左へ曲がると、「小川ハタ店」のところに出た。<幕内>
店内を拝見。ハタとは、長崎独特の凧。ハタ・シールとミニ・ハタを買って、600円。
もう風頭山頂上。■

2007年04月24日

童謡・唱歌:『叱られて』

 『叱られて』 清水かつら作詞 弘田龍太郎作曲 1920年(大正9)

叱られて 叱られて
あの子は町まで お使いに
この子は坊やを ねんねしな
夕べさみしい 村はずれ
コンと狐が なきゃせぬか

叱られて 叱られて
口には出さねど 目に涙
二人のお里は あの山を
越えてあなたの 花の村
ほんに花見は いつのこと

 ◇ ◇ ◇

母に叱られて、
すぐ「ごめんなさい」といえばいいのに、つい云いそびれて、
母もつい興奮して、やがて事態は最悪の沈黙の膠着状態へ。

心の中では、早く謝ればよかった、と後悔しているのに。
そんな時、母は台所へ立って、この歌を唄っていた。
母も、言い過ぎたと反省していたのだと思う。■

2007年04月23日

くるくる新発田:モーツァルトのグラスハーモニカ曲

4月16日(月)午前、「2楽章」でゆっくり。
マスターの『モーツァルト全曲CD集』が狙い。
このCD集はすごい。

2007.04.08
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全623曲を170枚のCDに収録している。
オペラも入っているから、全部聴くには100時間以上かかると思う。
それをマスターは、もう数回制覇したという。

リクエストは、他では聴けないグラスハーモニカの曲。
曲名もK番号も分からない。
そんな曲があるとどっかで見たか聞いたかしただけ。

「そういえば聴いた」とマスター。
曲名一覧を探しても見つからない。
結局、10分以上かけて、マスターが見つけてくれた。

K617で、最晩年の曲であったのに驚く。曲名は、
『Adagio & Rond for grass harmonica, flute, oboe, & cello』
う~ん、長い。でも確かにグラスハーモニカが入ってる。

ちなみに、「魔笛」がK620、「クラリネット協奏曲」がK622、「レクイエム」がK626。
どこか、既に死への予感があったような時期の作品。
CD集では、フルートのグループで、K285の「クラリネット四重奏曲」などとの一枚。

 ◇ ◇ ◇

ヨーロッパの古い街の広場の高い石造りの建物。
その屋根の下部に刻まれた天使像が奏でる音楽。
天から降ってくるように聴こえました。

グラスハーモニカは、音階に合わせて水を入れたグラスを並べ、指でこすって演奏する。
管より絃に近い音色で、優しく響く。
こんな楽器の曲までも残してくれたモーツァルトは、まもなく人生を燃え尽きました。

【ここで一首】
  <さながらに 天上の響き グラスハーモニカ 心いざなう モーツァルトの世界>

2007年04月20日

くるくる新発田:城址公園の夜桜

4月15日(日)夜、城址公園の夜桜見物に。
少し花冷え。
人出はまずまず。

城の櫓がライトアップで鮮やかに白く浮かぶ。
屋台のお店からは、暖かいにおい。
肝心の桜はどうも脇役。

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夜桜はあの雰囲気がいい。
風はやや冷たくても、気分は和み、暖かい。
それは桜の宵に人が集まり、屋台があるせいかもしれない。。

【ここで一首】
   <春の宵 紅いのぼりに 白い壁 人影黒く 桜花淡く>

2007年04月19日

くるくる新発田:城址公園の花見

4月15日(日)お昼時、城址公園に到着。
天気がようやく良くなってきた。
まあまあの花見日和か。

屋台のお店も出て、いいにおいが漂ってくる。
すきっ腹をなだめて、まずは三階櫓から撮影開始。
お堀端の桜の下は、シートを敷いた花見客で満杯。

写真ギャラリー

と、広場の一角に「丸庄製菓」の売店を見つけた。
わが懐かしの三角のハッカとニッキを作るお菓子屋さんだ。
数袋買って、久しぶりのお顔とことばを交わす。

結局、昼食は自転車を一走りして、「次郎八」へ。
次郎八弁当、1,050円。
この弁当は人気があって、次々とお客の注文があった。

今夜は夜桜が楽しめそうだ。
夜桜なんて、ずいぶん久しく観ていない。
カメラ/三脚で撮影してみようっと。■

2007年04月18日

くるくる新発田:桜~加治川堤

4月15日(日)は、曇り空から時々陽がのぞく天気。
前日の荒れ模様がおさまってくれました。
今年は、今日を限りの桜だったようです。

加治川堤までサイクリングで行ってみると、六分咲き位。
それでも、うれしい花見ができました。
風に揺れる花をアップで撮影するのに苦労しました。

写真ギャラリー

加治川堤の桜は、昭和41年、42年の2年連続の大水害で伐採されました。
河川改修のためで、西名柄の集落もこのとき、現在地に集団移転しました。
その後、ボツボツと桜の復活が図られてはいます。

往時のみごとな桜並木は、私の幼少時代の原風景です。
他のどんな桜を見ても、感動することはあリません。
私にとっては、この世の桜はもう終わってしまったようです。

ただ、西名柄の堤の桜並木は、その原風景にいくらか近いのです。
そのせいか、ここに来ると心安らぎます。
花時だけでなく、新緑も、黄葉も、落葉も、雪化粧も。■

2007年04月16日

くるくる新発田:第32回新発田紀行

4月14日(土)~16日(月)に新発田へ。
テーマは『桜』。
15日(日)だけが桜日和でした。

2007.04.15
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新発田地方は、14日は強風が吹き荒れて、JRのダイヤが乱れるほど。
天気予報では15日だけが雨なしで、桜に会う唯一最後のチャンス。
そのチャンスを実に運よくゲットできました。

急いで、写真を整理・編集してご覧いただけるようにします。
加治川の土手の桜並木と新発田城址公園の花見風景(夜桜も)です。
お楽しみに。

あと、ハッカとニッキのお菓子のこと
モーツアルトのグラスハーモニカの曲を初めて聴けたこと。
諏訪神社のお祭りで曳かれる「台輪」について貴重なお話を聞かせていただいたこと。

正味1日半の滞在でしたが、充実の時間を過ごすことができました。
ゴールデン・ウィークの後半には、田植えを見学に行きます。
ワクワクと心待ちにしています。■

2007年04月14日

ぶらぶら長崎:龍馬のぶーつ像とネコ二匹

3月20日(火)お昼過ぎ、快晴。
ヘイフリ坂(実は石段)を上って、風頭山から龍馬通りへ下ってきた。
(ヘイフリ坂については改めて報告)

亀山社中跡のすぐ先にある『龍馬のぶーつ像』に立ち寄る。
昨年12月に来たときは撮影不十分で、その補充をしたかった。
そこで出会ったのが、春の陽射しの中でのんびりと日向ぼっこするネコ二匹。

2007.03.20
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近付いても全くお構いなしで、寝そべっている。
「先に来て、場所をとったのは自分達だ。
あとからきたお前がよけて通れ」という態度。

どうも長崎のネコは、こういうのが多い。
公園のベンチでも、西洋館の窓べりでも、実にゆうゆうと昼寝している。
よそ者に人みしりしない。敵ながらあっぱれで脱帽。

ま、こんなネコに出会って写真を撮る旅も幸せだ。
カメラを構えてシャッターを押す。
ところが、シャッターを押しながら、ふと思った。

ネコの写真を撮ってる自分と、それを見つめてるネコとどっちが幸せなんだ?
哲学的思考の瞬間。
どうもネコに分がある。

2007.03.20
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ネコ「わざわざ東京くんだりから長崎まで来て、旅の幸せだなんて笑わせるね。
いつもここで、のんびり暮らしてる我々をみならったらどうだい」
恐れいりました。

【ここで一首】
  <ぶらり旅 龍馬のぶーつ像に ネコ二匹 撮る幸せは 撮られるに及ばず>

2007年04月12日

くるくる新発田:石油やぐらと通信用タワー

4月7日(土)午後、久しぶりに「石油やぐら」を見に行きました。
西名柄から農道をたどって、ひどい凸凹の砂利道へ。
自転車を降りて押しながら、やぐら近くまで行くと、予想外の光景です!

2007.04.07
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なんと、やぐらのすぐ隣に携帯電話の通信用と思われる高いスマートなタワー。
きわめて対照的な新旧の並立。
そして、思わず10年後20年後を思いました。

①両方が残る、②両方が消える、③やぐらだけ残る、④タワーだけ残る
のうち、どれになるでしょう。
タワーはどうあれ、『やぐら』は新発田の産業遺産として残すべきと思います。

【ここで一首】
   <足が長いね 俺は短足 世代間格差 いつまで並ぶか タワーとやぐら>

2007年04月10日

くるくる新発田:第32回新発田紀行

4月6日(金)~9日(月)に、新発田へ行ってきました。
4ヶ月ぶりです。
(都知事選挙は期日前投票を済ませておきました)

今回は、稲の播種作業の見学が目的。
西名柄と〆切の農家を訪問しました。
作業を快く見学させて下さいましたことに感謝いたします。

稲の播種は、ベルトコンベア式の機械で行います。
その様子をビデオで撮影しました。
blog農!で詳しく紹介します。

2007/04/08

天候に恵まれ、自転車でくるくると回りました。
青空に鳥のさえずる田んぼは、春を実感させてくれます。
加治川の土手の桜は、15日頃が見ごろの予想です。■

2007年04月05日

ぶらぶら長崎:京劇に出会う

思いがけず、京劇に出会いました。
3月18日(日)午後、ふらりと入った長崎歴史文化会館。
入場券を買うとき、京劇展が開催されていることを知りました。

通常展示の2階が600円、3階の京劇の企画展が600円。
「両方入場できるお得な券が900円でございます」と係の女性。
う~ん、京劇展か、どうしようかな。ま、見てみるか。(その程度の関心)

「2時から、京劇のワークショップがございます」とおっしゃる。
ともかく、3階をひと回りするとしよう。
京劇を少しは分かった気がした頃に、ワークショップ開始のお知らせ。

展示場の一角に並べられた椅子に腰掛けました。
ワークショップとは、京劇の役者がデモ演技と解説をしてくれる場、でした。
まず、2人の楽士が登場、ドラや二胡の演奏、すごい迫力。

ついで、メークアップした4人の役者が登場。
この方々は、このあとまもなく、ホール(140席)で「西遊記」に出演されるとのこと。
京劇における4役で、3人が男性、1人が女性。

女性の方が、きれいな日本語で各役柄を解説し、4人がデモを演じてくれました。
すぐ目の前で、迫真の演技。舞台を見るとは別のすばらしい体験であったと思います。
中国語なので意味は分かりませんが、それでも何かが心に伝わってくるのです。

すっかり感動して、舞台を見たくなりましたが、チケットは完売。
当初は人気が今ひとつだった公演が、しり上がりに好評を博していると、あとで聞きました。
ワークショップを体験して当然と思います。観て感動した人の口コミが大きかったのでしょう。

頭がくらくらと興奮して、2階の展示は通過しただけ。
1階のお土産ショップで数点買って、博物館を出ました。
ぶらぶら旅の貴重な思い出のひとときになりました。■

2007年04月03日

ぶらぶら長崎:路面電車~ポイントの切り替えは?

路面電車に乗るたびに気になっていました。
車庫を案内していただいたMさんに伺いました。3月21日。

Q1)軌道の分岐ポイントの切替えはどこでするのですか?

A1)運転士が手動操作で切替えます。
①運転士が、ポイント手前で電車を停めて、進行方向が右か左かのボタンを押す。
②すると、パンタグラフについているバーが、右か左かにセットされる。
③電車を進行させる。
④パンタグラフのバーが、架線に付けられているスイッチに触れる。
⑤ポイントが指定方向に切替わる。
⑥運転士が切替えを確認して、ポイントを通過する。
(聞き取りが、ややあいまいなところがあるかと思います)

所感)そうだったのですか。
それにしても、面白い方法ですね。
運転士が自ら操作・確認するのは、もっとも安全で確実と思います。
路面電車の謎がひとつ解決しました。ありがとうございました。■

2007年04月01日

ぶらぶら長崎:路面電車~車庫訪問

3月21日(水)10時すぎ、路面電車の浦上車庫を訪問。
祝日でアポイントなしの飛び込みでしたが、
居合わせたM主任が、親切に車庫内を案内して下さいました。

「よく、電車の写真を撮りたいという方が見えます」とのこと。
実にいろいろな型式の車両がある。
次々と説明していただく。

最初は、元・都電、なつかし~い。(写真を撮り忘れ)
昭和30年代の学生時代に、17番とか35番の路線でよく乗ったっけ。
製造後50年ほどなのに、現役で活躍中。

その前に停まっていたのが元・熊本市電。
ちょっと奥に木製の電車もあって、もちろん街を走ることもある。なんと大正14年製。
ドアは手動開閉で、車掌が同乗する必要があるので、イベント用とか。

2007/03/21
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カラフルな車体広告の電車が数両、街でもよく目立つ。
バリアフリーの超低床式の3000型電車は、出勤中であったが、
運転指令所で、5分ほどで戻ることを確認してくださった。

やがて、グッドデザイン賞に輝いたというスマートな車体が現れる。走行音も静か。
くねくねと3両つなぎのように見える最新型。定員は他の型より少ない63名。
3両あって、2両がここ浦上車庫、1両が蛍茶屋車庫に所属。

2007/03/21
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今回は初めての見学だったので、ワクワクキョロキョロの30分でした。
Mさんの親切なご説明とご配慮に厚く御礼申し上げます。
ぜひ、もう一度見学させていただきたいと思います。

→ 路面電車の詳しい情報は、長崎電気軌道株式会社のホームページをご覧下さい。

【ここで一首】、
  <チョイ乗って チンゴーゴーで チョイ降りる 路面電車は 長崎の足>