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2007年12月31日

世相:福田総理の訪中

福田総理が訪中を終えて、31日帰国した。
中国側の手厚い歓迎を受けた。
温首相とのキャッチボールまで演出した。

しかし、あきらかに手ぶらで帰った。
国民に分かる形の成果は示せなかった。
パンダとは言わないが、お正月のお年玉が無くてはどうしようもない。

何とか互角に肩を並べたい。
ともかく仲良くやりましょう。
そんな姿勢が見え見えの訪問だったと思う。

聖徳太子が遣隋使に持たせた国書に書いた。(事実ではないらしいが)
「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。つつがなきや、云々」
その意気やよし。 現状でそこまで気張ることはないけれど。

【ここで一首】
 <日出づる国から 日没する国へ 福田丸 暖かいおもてなし お帰りは手ぶら>

2007年12月27日

♪交響曲第九番「歓喜」~合唱

 交響曲第九番「歓喜」~合唱 

年末の定番となったベートーベンの第九です。
ほんのさわりです。
全曲を聴くのは、かなり大変です。

2007年12月26日

世相:政治家の『偽』~ 年金問題

◆選挙公約と現実
「年金記録問題は全て解決する」と参院選で公約した安倍前首相。
それを引き継いで、大見得を切った舛添大臣。
来年3月までには、約2千万件の記録が受給者を特定できないことが分った。

◆無責任無自覚な発言
「公約というほどのものかどうか」と福田首相。
「選挙だから縮めて言ってしまった」と町村官房長官。
「予想よりデータがひどかった」と舛添大臣。

◆コンピュータの常識なのに
コンピュータ・データの実態を確認しないままの発言だ。
こういう問題データは、「ま、何とかなる」と「手をかければなんとかなる」と、
「どうしようもないゴミ」が、3分の1位ずつあるのが常識。

それを全部解明してみせるといってしまった。
現実を確認しようとしない軽薄でダメ政治家の発言だ。
たぶん、現場の担当者は分っていたであろうに。

◆官僚的逃げ口上
「予想よりひどかった」とは、なにごとか。
「予想」はよかったがそれに外れた「現実」が悪い、予想した私に責任はない、という論理。
『予想自体がひどかった』のだ。

舛添大臣も東大出身で、高級官僚とはお仲間。
苦しくなると、つい官僚的思考の本音が飛び出す。
官僚の傲慢さや自己保身を押さえるのが政治家であり、官僚の手先ならもういらない。

【ここで一首】
  <甘々の 予想をさておき 悪いのは 記録のせいと 逃げてますぞえ>

2007年12月24日

世相:『偽』の世に思う

『偽』が、2007年世相を表わす漢字に選ばれた。
揮毫した清水寺の貫主が「こんな字を書くのは情けない」と嘆いておられた。
世の倫理観が失われたことが『偽』をはびこらせている。

経済優先の拝金主義が、その根底にある。
行き着くところは、一人ひとりの心の問題だ。、
時間をかけて社会を修復するしかないと思う。

「歌を忘れたカナリヤ」になぞらえて、替え歌を作りました。

 ◇ ◇ ◇

倫理を忘れた世の中は
背中を向けて 泣きましょか
いえいえ それはなりませぬ

倫理を忘れた世の中は
ゴミ処分場に 捨てましょか
いえいえ それはなりませぬ

倫理を忘れた世の中は
教育勅語で ぶちましょか
いえいえ それはかわいそう

倫理を忘れた世の中は
無欲の船に 無私の櫂(かい)
心の海に浮かべれば
忘れた倫理を思い出す

2007年12月23日

♪聖しこの夜

 聖しこの夜 

◇◇◇ Silent Night, Holy Night ◇◇◇

Silent night, holy night!
All is calm, all is bright.
Round yon Virgin, Mother and Child.
Holy infant so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.

Silent night, holy night!
Shepherds quake at the sight.
Glories stream from heaven afar
Heavenly hosts sing Alleluia,
Christ the Savior is born!
Christ the Savior is born.

Silent night, holy night!
Son of God love's pure light.
Radiant beams from Thy holy face
With dawn of redeeming grace,
Jesus Lord, at Thy birth.
Jesus Lord, at Thy birth.

♪赤鼻のトナカイ

 赤鼻のトナカイ 

真っ赤なお鼻の トナカイさんは
いつもみんなの 笑いもの
でもその年の クリスマスの日
サンタのおじさんは いいました

暗い夜道は ピカピカの
おまえの鼻が 役に立つのさ

いつも泣いてた トナカイさんは
今宵こそはと 喜びました
喜びました
喜びました

2007年12月19日

藤原真理さんのチェロ・コンサート

◆第7回のクリスマス・コンサート
12月16日(日)、新発田市民文化会館。
例年開催される藤原真理さんのチェロ・コンサートを鑑賞する機会に恵まれた。
喫茶「2楽章」のマスタに、前日紹介された。

今回は、中越沖地震復興支援のチャリティでもあり、入場無料、義援金募集であった。
主催は市内の福祉法人で、市教育委員会等の後援。
第7回目という貴いクリスマスのプレゼントを新発田でいただいた。

◆チェリスト藤原さん
藤原さんは、世界で活躍する女流チェリスト。
NHK-Hi で新年の元日から三夜連続で放映される「エジプトの遺跡をめぐる旅」に出演。
完全生中継の番組で、藤原さんはナイル河の船の上で、チェロを演奏されるとのこと。

◆チェロの響き
今回の楽器は、いわゆる「名器」だそうで、音の状態も最高に近いらしい。
それを藤原さんが演奏すると、まさにチェロから音が紡ぎ出されるようだ。
音楽が、チェロの中央の穴から流れ出てホールに響き渡る、という感じ。

◆曲の解説
バッハから近現代まで、年代を追った選曲で構成されたプログラムであった。
藤原さんは、演奏の前にマイクを手にしては、全ての曲を優しく解説された。
チャリティ・コンサートにおける藤原さんの暖かく誠意ある心遣いが感じられた。

◆演奏を聴いて
実は、不肖私はモーツァルト以外は、ほとんどのクラシックが苦手。
後半の小曲集で、「トロイメライ」などに救われるというレベルの情けなさ。
ただただ、チェロのすばらしい音色に酔うのみでありました。

◆コンサートへの距離
それにしても、藤原さんのチェロを聴けたことは奇跡に近い。
東京ではコンサートがあっても、腰が重く、まず出かけないと思う。
出かける気になっても、たぶんチケットが手に入らないか、高額だ。

新発田では、「2楽章」から歩いて5分の会場で、当日でも入場できる。
自分にとっては、むしろ新発田が文化・芸術への距離を縮めてくれる。
一流の演奏家を招聘する活動を続ける関係者の方々に感謝しなければ、と思う。

◆余韻
藤原さんのチェロは、耳に残るというより、お腹に響いている。
弦楽器は、特にチェロは生演奏でなくてはならない。
またのコンサートが楽しみである。■

2007年12月18日

第44回新発田紀行

今年最後の新発田でした。 12/14-17。
どんよりした寒空から、雨とみぞれが降りそそぎます。
訪問者としては、雪にならなかったのが残念。 写真ゼロ。

◆14日(金) 東京は晴れ。夕方出発。
上越新幹線が長いトンネルを抜けると、北国の冬空。
新潟駅でホームに降りると、足下からしーんと冷えてくる。
新発田は寒いというより、冷たい。 

「辰長」で夕食。 ハタハタの塩焼きに大苦戦。 下手に食べた。
スナックをはしごして、年末のご挨拶。
午前様でホテルに帰る。

◆15日(土) 雨。 移動はタクシー。
午前中は、西名柄のHさん宅訪問。
自家用米のお礼と精算。 食後の感想を報告。
今年の米価や今後の米作りについてディスカッション。

奥さん手作りの「からこ」をご馳走になる。
餅米の粉を直径6cm位の厚手の煎餅の形にして、フライパンで焼いたもの。
素朴で香ばしい味。 とろけるチーズを乗せるとお孫さんたちに好評とか。

午後は夕方まで、〆切の親戚宅で過ごす。
地方の悲惨な経済状況や米作りについて話を聞く。
田んぼの水の苦労話は、都会の人間には分からない貴重なものであった。

ハサ掛け米の代金を立替えてもらっていたので精算。
ホテルまで車で送ってもらう。
夕食は「海老屋」で佐渡のカキフライなど。 お店回りをして午前様。

◆16日(日) 雨とみぞれ。
喫茶「Tomorrow」でピラフ&コーヒー。
「みやした」理容で調髪、ご主人と写真談義を楽しむ。
このご主人はカメラが趣味であったので、いつもわが写真の講評もしていただく。

喫茶「2楽章」でランチ。(昨夜寄ったとき、コンサートの入場券をいただいた)
15~17時、市民文化会館の『藤原真理チェロ・コンサート』を鑑賞。(別途報告)
すばらしいチェロの音色が、耳というよりお腹に響いて残っている。、

ホテルへ戻って一眠り。
夕食は居酒屋「和利館」で、生寿司。
「ぐみの木」でママさん達とGclefの紅茶を楽しんだりして、早めに帰って寝る。

◆17日(月) 雨とみぞれ。
「2楽章」で、席を借りてパソコンのミニ教室開催。 ランチはピザトーストのセット。
13:54の白新線で帰路に。 17:00に東京駅着。
今回は、雨・みぞれの中、バラエティに富んだ上々の紀行でありました。■

2007年12月06日

大阪:法善寺横丁 ~ マップ

◆横丁の案内図を探す
法善寺横丁の案内図探した。
ネットもガイド本も、かなり探した。
やっと、1冊のムックに簡単な図を見つけた。

ミナミの紹介のほんの1頁にちょこっと載っているだけ。
横丁の情報もありきたりで面白くない。
立ち読みで図を覚えて帰った。

◆自分でマップ作成
ネットの地図サイトで法善寺横丁の部分を JPEGファイルに収録。
これを「FLASH」に読み込んで、文字や線やマークを書き込む。
できたマップを JPEGファイルにして完成。

HozennjiYokocho.JPG

まだお店は2軒しか知らないし、うち1軒は店名があいまい。
そこで、鯛めしのお店だけ載せてある。
これが5軒くらいになれば、東京者として一応の横丁通(つう)になれるかも。

◆蛇足
マップにあるように、法善寺横丁は法善寺の参道と平行している。
マップを作るとき、初めて気がついた。 二つとも法善寺横丁と思っていた。
参道にもお店があり、通り抜けで横丁と参道を行き来ができる。

2007年12月03日

京都:醍醐寺 ~ 柴燈護摩(さいとうごま)

11月27日、本曇り、醍醐寺へ京都駅から地下鉄で行く。
醍醐駅から新興住宅街の登り坂を越えて15分で、山門前に到着。
鳥のさえずりを聞きながら、門を抜けて参道を進む。

◆三宝院の庭園 ~ 藤戸石(ふじといし)
参道左手の三宝院を拝観、表書院から庭園の中央にある『藤戸石』を眺める。
この石は、源氏が平家を破った藤戸の浜で戦いの帰趨を見届けたという。
足利義昭、織田信長らを経て、豊臣秀吉が手に入れここに据えた。

絢爛豪華な『醍醐の花見』のわずか半年後に、秀吉は死去。
自ら設計した三宝院の庭園の完成も、死後のこととなった。
<露と落ち 露と消えにし わが身かな なにわの事も 夢のまた夢>

◆柴燈護摩(さいとうごま)
金堂奥手の不動堂で、柴燈護摩が焚かれていた。
ドイツで開催される「醍醐寺展」の無事を祈祷するものとのこと。
紫の袈裟の僧侶が祈祷文を読み上げておられた。

写真ギャラリー

居並ぶ僧侶の紫と紅い衣、紅い天蓋の傘、修験者の白い装束。
柴燈護摩のモクモクの白い煙、メラメラの黄色い炎。
般若心経を唱える中、不動明王の前で祈祷が進められた。

醍醐寺は、修験道の大本山であるという。
三宝院にいた時、法螺貝の太い響きが聞こえていた。
貴重な儀式の場面に遭遇できて幸運であった。

2007年12月02日

京都:仁和寺 ~ 紅葉

◆仁和寺へ
11月26日午後、嵯峨野が混み合っていたので仁和寺へと向かう。
京福電鉄で「嵐山」から、「御室仁和寺」まで。 200円也。
1両か2両の編成で、路面電車に近いが、専用軌道を走る。

「帷子の辻」(かたびらのつじ)で嵐山本線から北野線に乗り換える。
仁和寺は御室仁和寺駅から徒歩3分ほどで、便利。
ここは『御室桜』で有名な寺院。

◆仁和寺の紅葉
紅葉はちょうどよく色づいていた。
境内はほどほどに空いていて、三脚も使用できた。
五重塔を背景にした逆光の紅葉を撮りたかったが、時間が少々早過ぎた。

写真ギャラリー

やや不満足な写真ではあるが、やはり五重塔と紅葉の組合せはすばらしい。
空を見上げる方向で撮ったのは、そこそこの紅葉写真になったと思う。
また次の機会に、仁和寺でチャレンジするのが楽しみだ。