« 2010年04月 | メイン | 2010年10月 »

2010年07月26日

第60回新発田紀行~旧町巡り

◆新発田へ(2010/7/17-19)
17日は梅雨明けで、3連休の始まりであり、夏休み直前でもあった。
城下町について調べたいこと、街を歩いて確認したいことが溜っていた。
飛び出すような気分で、新発田へ向った。

現地では、城下町と旧町巡りはほぼ満点であった。
また、望外の成果は、無農薬・有機肥料栽培の農家の方(二人)に出遭えたこと。
これまで抱いていた「城下町」と「米作り」への考え方をかなり改めなくてはならない。

それにしても猛暑であった。
新発田の街の中をもっと回りたかったが、暑さで控えたのは残念。
今回の新発田紀行は、極めて濃密な3日間を過ごことができた。感謝。

◆7月17日(土) 」」」晴れ
09:12 の上越新幹線で出発。11:21 新発田着。
東京駅は家族連れなどでかなりの混雑。新幹線の自由席はほぼ満席。
乗り継ぎ特急は、冷房なしの混雑デッキで耐えた。

 ◇ ◇ ◇

ホテルに荷物を預け、駅でレンタサイクル。
駅前周辺の写真を撮って、諏訪神社前から寺町を抜けて、旧町を巡る。
八軒町、八軒町裏、七軒町、三の丸大手門(現新発田警察署)、御免町、三の丸通り。

12:15-13:00 喫茶店「Bell」で、ケチャップのかかったオムライス。
13:15-15:30 市立図書館で、「城下町新発田の旧町名」などを読む。おもしろい。
15:45-16:45 なじみの理容店「みやした」で調髪。情報通のご主人に旧町の話を聞く。

17:00 駅でレンタサイクルを返却し、ホテルにチェックイン。ひと休み。
18:00 料飲街・新道へ出かける。
18:20-20:10 「2楽章」で珈琲。

マスタが無農薬・有機肥料の米作り農家のAさんを紹介される。
Aさんの艱難辛苦の経験談を共感と驚きで、たっぷりと伺う。強烈な衝撃。
(詳しくは、blog米作りで)

20:20-21:00 居酒屋「越後屋」で、生ビールとちらし鮨で夕食。
21:00-23:00 スナック「ぐみの木」でゆっくり。
23:00-23:30 居酒屋「えり奈」にちょいと寄る。23:45 ホテル着。寝る。

◆7月18日(日) 晴れ
06:45 やや興奮気味なのか早く目が覚める。
昨日、図書館でコピーした資料で旧町名の由来を再確認。
地図でも所在地を調べて、今日の巡回ルートを決める。

親戚に電話して、14時過ぎにアポイント。
09:05 ホテル出発、駅でレンタサイクル。駅前広場周辺を撮影。
諏訪神社前から市島酒造(王紋)の先の信号T字路で左の通りへ曲がる。

この一直線の通りが旧・上鉄砲町。約300m先の右側にある菓子店「山形屋」に寄る。
当店名物の「いちじく餅」を買いながら、旧町の情報を得ようという魂胆。
ご主人(70代半ば)に応対していただいて、貴重で楽しいお話を伺うことができた。

少し戻って、左の横丁から清水谷の新発田川べりに出る。
川沿いに清水園、足軽長屋の間を抜けて、信号の十字路に出る。左の角に菓子店「菊谷」。
左へ橋を渡ると、旧・立売りで、ここに<城下町への入り口の大木戸>があった。

立売り→万町→上町→札の辻(駅前大通りとの交差点)。
もどって、万町→三の町→定役町→職人町→四の町。
正午に近く、もう暑さの限界。少々熱中症気味。

11:55-12:15 「次郎八」で昼食。
12:20-12:40 図書館。体を冷ましただけ。12:45-13:10 カトリック教会の辺りなどを撮影。
13:15-13:45 「2楽章」でアイス珈琲。

駅でレンタサイクルを返却し、タクシーで親戚宅へ。
14:30-14:45 親戚宅で歓談。
途中で、無農薬・有機肥料の米作り農家へ行くことになり、親戚の車で案内してもらう。

15:10-17:20 Kさんの田んぼ(草だらけ)の農道でしばらく立ち話。
Kさん宅で、奥さんも交えて、しばし歓談。またも艱難辛苦の数々。社会の不条理。
Kさんのお米を3袋(各2kg)をいただく。(詳しくは、blog米作りで)

17:30-21:30 再び親戚宅。ビールで歓談。
<生き>ホタテの殻焼きのご馳走。産地直送とのこと。
さすが<生き>は違う。分厚くてジューシーで柔らかくて甘みがある。

窓からの自然の風が涼しく心地よい。
東京では考えられない別天地。
21:45 奥さんの運転でホテルまで送っていただく。

◆7月19日(月) 晴れ
05:00 早く目が覚める。
今日も猛暑のようで、街巡りは午前中だけになりそうだ。
写真を確認したり、巡回コースを検討したり、旧町に思いを馳せたり。

08:50 ホテルをチェックアウト。(本日帰京とする)
駅でレンタサイクル。
コースは、寺町→川べりの道→お城→旧武家の町(現・大手町)とする。

寺町を抜けて、川べりの道をたどって外ヶ輪小学校へ。
校門内の二宮金次郎像を撮影。この時間だと全身に日があたっている。
木橋のお宅を撮影してから、外ヶ輪裏と外ヶ輪(バス通り)を横切ってお城へ。

本丸表門に堀を渡る橋の手前の堀部安兵衛像を撮影。この時間だと正面から日があたる。
堀沿いにぐるっと回って三階櫓の正面へ。標準的な写真を撮影。
二の丸跡の公園を抜けて、片田町沿いに西ヶ輪の交差点へ。

西ヶ輪の通りの途中で左折して、旧町の確認を始める。
小人町、古徒士町、同心町、馬場町、竹町、広小路など。
現在は、普通の住宅街で、江戸期には無かった道路もあり、なかなか分り難い。

暑い。炎天下も三日目になると、11時前でもうクラクラだ。
10:45-12:40 「2楽章」でコロッケサンドのセット。マスタやお客さんとダベる。
12:50-13:20 公営の「寺町たまり駅」に寄って、紀行のメモなど。

13:30 「山形屋」で帰京土産のお菓子を買う。
13:45-14:25 再び「2楽章」で。列車の時間調整が必要になった。
駅でレンタサイクル返却。

14:56-15:31 白新線で新潟へ。
15:47-18:00 新幹線で東京へ。
60回目の新発田紀行は無事終了。

2010年07月11日

江戸風鈴 ~ 篠原風鈴本舗:江戸川区

◆ガラスの風鈴を買いに行く
梅雨の晴れ間に、ふと風鈴の音を思い浮かべた。
そういえば、伝統的なガラスの風鈴を作っている所があったっけ。
ネットで探すと、江戸川区の業者が見つかった。

HPにアクセスし、電話でも確認して、出かけた。(6/30)
JRで新宿に出て、都営地下鉄新宿線で瑞江(みずえ)まで。
駅から徒歩で12分。(実際は道を間違えて、大回りした)

IMGP2594_320.jpg

「篠原風鈴本舗」は、工場街風の一角にあった。
ショップコーナーには、風鈴が箱やショーケースに並べられている。
なんとも口数の少ない職人気質のご主人。

◆江戸風鈴を選ぶ
ごく普通の大きさと絵柄のグループのものをあれこれと鳴らしてみる。
手作りだから、音色はどれも違う。基本的には、チリンチリン。
絵柄も手書きで、花火、トンボ、あじさい、すずらん、金魚などなど。

IMGP2599_320.jpg

音色と絵柄の組合せで、気に入ったのを側のテーブルに置いていく。
そこから選んで、6個を買うことにした。ご主人がていねいに箱詰め。
花火を2個、とんぼを2個、さくらを1個、花を1個で、工場直販価格の計5,400円。

◆江戸風鈴とは
江戸時代にビードロ(ガラス)で作られていた風鈴で、下端の縁がギザギザ。
風で短冊が揺れるとガラス棒(舌=ぜつ)が縁に触れて、チリンチリンと鳴る。
金属製の鐘型の風鈴だと、チリーンと高く長い。

ガラスを吹いて作り、形は球型。
透明な表面に、鮮やかな絵柄を手描きする。
音色とあいまって、爽やかな夏の逸品である。

江戸時代にはガラスがきわめて高価で、ガラス風鈴は貴重品であったという。
明治時代になってガラスが量産されるようになり、ガラス風鈴も普及価格になった。
製造する業者も江戸川区辺で十数社があったようだ。

しかし、生活様式が変わり、都会のエアコン生活の中では影が薄くなってしまった。
今では、「篠原風鈴本舗」が孤軍奮闘の状態で、<希少伝統的工芸品>とされている。
風鈴作りの火を絶やさないよう、皆でしっかりと応援しなければならないと思う。

◆江戸風鈴はブランド名
ところで、『江戸風鈴』は「江戸風鈴本舗」の商品ブランドである。
昭和40年頃に、現会長が名付けた。
江戸時代からの伝統を受け継いで作るガラス風鈴、を表わしている。

◆風鈴をエアコンの風で聴く
軒先に風鈴をつるして、風の通りで音色を楽しみたい。
叶わぬ願いである。
都会生活では、締め切った部屋でエアコンの風で鳴らすしかない。

『江戸風鈴』のビデオ再生

エアコンの風量をやや強めにして、ビデオに収めた。
デジタルの風で、レトロな音色。チリンチリン、チリンチリン。
江戸風鈴の趣はまずまずであった。

「まずまず」とは、自然の風の<風流>には及ばないということ。
風鈴には、やはり、気まぐれな外の風が良く似合う。
どうしようもない蒸し暑さの中に、<涼>を送るのが風鈴であった。

それでも、現代のエアコン浸りの生活に、<和の涼感>を与えてくれる。
短冊を工夫すれば、弱いエアコンの風でもチリンチリンを奏でそうだ。
それにしても、このチリンチリンには心が和む。