新発田・石泉荘に心遊ぶ(2)
◆『石泉荘』の由来
『石泉荘』のある一帯は、明治時代初期から花街として栄えた。
ここには「花菱」という料亭があり、庭園は当時のものである。
しかし、明治37年に大火があり、街も「花菱」も焼失した。
「花菱」は、溝口藩時代の武家屋敷の一部を移築して再建された。
現在公開されている「離れ座敷」の座敷と縁側は、当時のものが残されている。
まもなく料亭は移転し、時を経て、石橋家の所有となり、現在に至っている。
2007年に「離れ座敷」と「茶室」が、登録有形文化財に登録された。
2011年に「庭園」が登録記念物に登録された。
その後、補修工事を行い、2012年9月から一般公開された。
『石泉荘』という名称は、大正10年にここを訪れた歌人が詠んだ短歌の題名に由来する。
『石泉荘』は、明治初期に作られた庭園である。
それゆえ、江戸時代の日本人の感性が色濃く残されているように思う。
作られた自然でありながら、本来の自然よりも自然を感じる不思議さ。
約1,500坪の広さであるが、三分の一位がオーナーの居住区域(非公開)になっている。
『清水園』の南側にあり、両園の共通入場券もある。
JR新発田駅から、徒歩約10分。
中央を流れる細身の新発田川、緑の木立、滝の音、白い石橋、野鳥の声、‥‥。
離れ座敷から眺めていると、いつの間にか、その風景に溶け込んでいく。
「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」
庭を巡回する小径も趣きが深い。
一歩々々と踏む大きな敷き石、緑に苔むした石灯籠、色付きが楽しみな紅葉、‥‥。
ひっそりと立つ茶室は、静寂な木立の横合いにある。
樹間から離れ座敷 | 茶室 |
有名寺院の名苑(竜安寺の石庭など)は、どうも少々構えて肩が張る。
広大な大名庭園(金沢の兼六園など)は、歩いて回って鑑賞するにはいい。
『石泉荘』は、静かに座っていれば、それだけで良い。
◇ ◇ ◇
・『石泉荘』 〒957-0055 新潟県新発田市諏訪町3-11-21 TEL: 0254-21-1128
(注)12月15日から翌3月14日までは、冬季休園
■