第2章~2)妓王の哀しみ(中)
◆清盛、妓王を呼出し
妓王は贈られていた手当も止められ、涙に暮れて沈んでいた。
代わりに、仏御前の周囲が栄えた。
やがて、その年も暮れ、翌年の春、清盛入道から妓王に使者をよこした。
<いかに。其後何事かある。仏御前が余りにつれづれげに見ゆるに、
参って今様をも歌ひ、舞いなどをも舞うて、仏なぐさめよ>
妓王は返事をする気になれなかった。
清盛「なぜ、妓王は返事をよこさぬ。来ぬのか。来ぬならそう申せ。わしにも考えがある」
妓王の母、これを伝え聞いて、「妓王や。叱られるより、とにかく返事をなさい」
妓王「一度じゃま者と思われたからには、二度とお会いしたくない。きついお咎めは覚悟の上です」
妓王の母「仮に、お前たちは都から追い出されても、若いから何とかやっいけるでしょう。
でも、年老いた私は、心細くて生きて行けない。親孝行と思って、仰せに従っておくれ」
そうまで言われて、妓王は泣く泣く清盛の館へ出かけることにした。
◆妓王、屈辱と哀しみ
一人では心もとないので、妓女と白拍子を二人連れて行った。
館では、ずっと下座の席に通されたので、「なんでこのような扱いを」と、妓王は悔し涙が止まらなかった。
これを見て仏御前は、以前の席に迎えるよう清盛に乞うたが、拒まれた。
清盛は、妓王の心のうちを知ろうともしなかった。
清盛「どうだ。仏御前に今様をひとつ歌ってやってくれ」
妓王は、来るからには仰せに背くまいと決心していたので、涙をこらえて歌った。
<仏も昔は凡夫なり 我等も終(つひ)には仏なり いづれも仏性具せる身を へだつるのみこそかなしけれ>
(仏も昔は只の人、私たちもついには仏になれる。どちらも仏性を持っているのに、仏と凡夫に差別されるのは悲しいことよ)
〔仏御前も以前は只の白拍子。私も仏御前のようになれるだけの白拍子。なのに仏と凡夫のように差別されるのは悲しいことよ〕
泣く泣く二返歌うと、座に居並ぶ平家一門の人々は、皆感涙にむせんだ。
清盛入道にも受けて、「この場の歌として、なかなかのものじゃ。舞いも見たいが今日は用がある。
これからは呼び出さずとも、ここへ参って、歌と舞で仏御前をなぐさめよ」
妓王は答えようもなく、涙をおさえて退出した。
妓王「親の言うとおりにして出かけたが、二度も憂き目を見た。哀しいことよ。
生きていれば、また憂き目を見るだろう。もう身を投げようと思う。」
◆妓王、妹・母とともに出家
妓女も「姉が身を投げるなら、私も身を投げる」という。
母親は「お前たちが身投げをするなら、私も身を投げましょう。
でも、まだ寿命のある親を死なせては、お前は往生できないよ」と、泣き口説いた。
妓王は涙をこらえて「わかりました。自害は思いとどまりましょう。でも、ともかく都を離れましょう」
そして、21歳で尼になり、嵯峨の奥の山里に質素な庵を結び、念仏を唱えて過ごし始めた。
妓女も「共に死のうとしたのですから」と、19歳で尼になり、姉といっしょに籠り、母親もこれに続いた。