第2章~2)妓王の哀しみ(下)
◆仏御前の訪れ
こうして、春が過ぎ、夏も盛りを越え、初秋の風も吹く頃となった。
<たそがれ時も過ぎぬれば、竹の編戸を閉ぢふさぎ、灯かすかにかきたてて、
親子三人念仏していたる処に、竹の編戸をほとほととうちたたく者出で来たり>
尼たちは「魔物が来たのか」と恐れながらも「南無阿弥陀仏」を唱え続けて、編戸を開けた。
そこには、魔物ではなく、仏御前が立っていた。
妓王「これは仏御前とお見受けしますが、夢でしょうか、現(うつつ)でしょうか」
仏御前「もともと私は、御前のおとりなしで、入道殿に呼び戻されました。
それなのに私だけが残されました。ほんとうにつらいことでございました。
いつぞやは、御前が召され、今様を歌われましたが、いずれ吾が身との思いがありました。
『いづれか秋にあはではつべき』と書き置かれた筆の跡にも、そのとおりと思いました。
その後はどちらにおいでか存じませんでしたが、尼の姿でごいっしょとお聞きしてからは、
うらやましくてなりませんでした。お暇を願っておりましたが、お許しがでません。
考えてみますと、この世の栄華は夢の中の夢のようで、楽しみ栄えても何になりましょう。
一時の楽しみにとらわれて、後の世を知らないままに過ごすことに耐えられなくなって、
今朝、館を忍び出てまいりました」と、かふっていた衣をのけると、尼の姿になっていた。
仏御前「このように姿を変えてまいりましたので、どうぞ日頃の罪をお許し下さい。
お許しあれば、ごいっしょに念仏を唱え、浄土の同じ蓮の上に生まれ変わりたいのです」
妓王「まことにあなたがそこまで考えておられたたは、夢にも思いませんでした」
妓王「私は、自分の不運なのに、あなたのせいと恨んでおりました。
現世も来世もダメにしたと思っていました。、
あなたが尼に姿を変えてお出でになったので、恨みなど消えました。
私たちが尼になったのは、世間を恨み、身の不幸を嘆いたからです。
でも、あなたはそんな恨みとか嘆きとかをお持ちではありません。
やっと十七になる方が、現世を厭い、浄土に生まれたいと深く願うのは、立派なお心です。
あなたは私を仏道に導いてくれる善知識です。
さあ、いっしょに往生を願いましょう」
それから、四人は、朝夕仏前に花・香を供えて、ひたすらに念仏して極楽往生を願った。
◆四人の念仏往生
やがて、四人の尼は、速い遅いはあったが、それぞれに往生を遂げたという。
後白河法皇の長講堂の過去帳にも、『妓王、妓女、仏、とじ』といっしょに書き込まれた。
まことに心打たれる物語である。
◇ ◇ ◇
◆二つの妓王寺
京都市嵯峨野にある妓王寺は、妓王・妓女らの隠棲に因んで建てられた。
静かなたたずまいの質素な庵。
滋賀県野洲市にある妓王寺は、妓王・妓女の出身地に建てられた。
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